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第1回 KAP トーク・イン 報告と感想

くにたちアートプロジェクト 第1回 トーク・イン
                      トーク・インの司会進行:小池マサヒサ(美術家)

かねてから自分自身が待ち望んでいた場がこうした形で実現できたことは本当に嬉しく思います。
ご参加くださった方、ありがとうございました。f0176681_14304123.jpg
第1回トーク・インにお集まりになられた方々との間では、今はまだ曖昧…けれども、訪れた人々の中では確実に共有できる何か…を感じることができたと思っています。
そこで、トーク・インの開催を通じて私が個人的に感じたこと、そして私が「今」思うことを挙げながら、くにたちアートプロジェクト(KAP)について考えてみようと思います。

はじめに。この場は始まりにすぎないということを確認しておきたいと思います。
もちろん、この場を2回、3回…と、単に回数だけをこなしてゆくような場にはしたくありません。1回目よりも2回目が、2回目よりも3回目が、もっと楽しく、軽やかで、積極的に…。それは今、「くにたち」にとって、とても大切なことである様な気がします。

くにたちアートプロジェクト(KAP)は、 「アートを使いこなす力(アートリテラシー)」を育むことで、文化芸術が地域に暮らす人々にとっての新しいコミュニケーションの手段として深く浸透させる試み としてスタートしました。
これはまた、現在の多くの理解であるところの「文化芸術」という枠組みを押し広げる試みであり、現代社会における新しい文化芸術活動とは何か?(地域社会とアートについての関係性)について、私たちが共に考え、学ぶことをとおして生まれるであろう、f0176681_14331857.jpg 私たち一人ひとりの「気付き」を連鎖連動させることによって、 「今、ここでしかできない芸術」を創造するという場づくりです。KAPのビジョンを共有しつつ、それぞれのスタンスで活動する人々が情報の交換をしたり、交流できるような、緩やかなネットワークづくりの核となる場が、KAPトーク・インであるということができると思います。


トーク・インに参加してくださった方から、武蔵五日市駅周辺地域で開催されている
「夜市」というイベント。川崎市登戸周辺でのアートを使ったまちづくり、 「のぼりとゆうえん隊」についての話題がありました。この事例は、誰かが何らかの仕掛けを街の中に起こしたことに始まりますが、その仕掛けをきっかけとして、そこを訪れた人、一人ひとりの中に「気付き」が起こり、それによって、街を違った角度から見ることにつながる、とても素晴らしい効果をもたらしている事例だと思います。 ここで私が重要だと思ったのは、この報告をしてくださった方自身の主観的体験でした。このイベント用に掲げられた暖簾が、夜の山里の中に連続する光景を見たとき、それはまるで何処までも続いているよう…と、街の広がりを自らが感じたことそのこと自体…、暖簾が掲げられた状況そのものが主観性によってアートへと変容してゆくところでした。
f0176681_14364418.jpgもちろん、このイベントの企画者の方は、そのような効果を想定して暖簾を掲げているのかもしれません。
しかし、その仕掛けに、に気付くか気付かないか…、その暖簾をアートへと結び付けられるかどうかは、そこを訪れる一人ひとりの「気付き」次第という点では、そこにアートがあることを前提として成立する、美術館や画廊とは全く異なるアプローチだと考えることができます。この場がアートのある場となる為には、訪れた人自身がそれに「気付く」という部分が必要なのです。


新潟県十日町市・津南町周辺…越後妻有地域で3年に1度開催されているトリエンナーレの話題がありました。(ちなみに、1年ごと:アニュアル、2年ごと:ビエンナーレ、3年ごと:トリエンナーレ、4年ごと:クアンドリエンナーレです。) 越後妻有アートトリエンナーレは、2000年に始まり、これまで3回行われている芸術際。里山の魅力と世代・地域・ジャンルを超えた人々の協働、都市住民による新しい故郷探し、美術の人と人を結びつける力をテーマに掲げる、国内では特に注目される重要なアート展です。f0176681_14405861.jpg
開催当初は、国際的に有名なアーティストを中心に、日本人アーティストも招待作家が目立ったこの展覧会も、2回、3回目と開催されるにしたがって、公募枠を増やしたりと、少しずつ変化はしてきているとは思ってはいましたが、トーク・インでのお話しによると、次回である4回目からは補助予算が無くなるとのこと。そもそも、アート展に限らずどんなイベントであれ(オリンピックも同じ)、表側からは見えない非常に多くの労力と多額の予算が必要なことは周知の事実。たった3回の開催ながら越後妻有アートトリエンナーレがこれほどまでに有名になった背景には、収益事業を行なわなくても採算が保障されるだけの、地域振興を目的とした巨額の助成金が投じられてきたという背景があるからでしょう。しかし、それらの助成金が殆ど無くての開催となると、幾ら知名度あるアート展に成長したからとは言え、これをこのまま、この地域に暮らす人々に押し付けることには無理があります。今後、このアート展が開催される為には、まず始めに、地域社会として、このアート展の開催とはどんな意義があるのか?の答えを導き出さねばならないわけで、それは私たち観客の意思よりもはるかに優先されなければならないことのはずです。

結果、地域の人々は今後の苦労を想像しながらも、それでもこれを続けようと決意したということです。
この報告をして下さった方は、その決断に至った理由は、地域に暮らす人々の「気付き」だったのではないか…と話されましたが、私もそれに間違いないと思います。越後妻有の人々は、さらに自分に、自分たちが暮らす場所について「気付くために」アートを使おうとしているのだと思います。

かつて、80年代~90年代(いわゆるバブル期)には、村おこし、町おこしの名の下に、日本中の多くの市町村が、アート展やアートシンポジウムを開催しようとしていた時期があります。
その殆どは消滅し、後に残ったものは、「アートは使えないもの」というイメージでした。
私自身、1988年に美術大学を出ていますので、ちょうどこれら社会の中にあった美術による賑わいづくりという動きはとても身近なことでした。日本のあちらこちらで開催されるアート展やシンポジウムにも参加していたのもこの時期です。しかし、今になって考えてみると、当時の私を含め多くのアーティストは、作品がつくれて、発表さえできればそこに至る背景や開催される地域についてはとても軽く考えていたと思います。
アートは難しい…アートは使えないというイメージが確立したのは、この時期だったのかもしれません。
f0176681_22593326.jpg21世紀に入り、社会は言葉にしづらい閉塞感に覆われる中で、現実に正面から向き合おうとする動きが始まったような気がしています。アートに関する様々な動きもそういった現実に向き合おうとする動きの一つだと私は思っています。「アートは与えられるものではなくて使うもの」という意識があちらこちらで芽生え始めているのではないでしょうか。そうでなければ、くにたちアートプロジェクトも始まっていないと思います。
この動きで特に大切にしなければならないことは、自分がしたいことをすること。
そして、もう一つ大切なこと。
それは、こうした意識をいかに連鎖、連携させてゆくか?という課題です。
あくまでも個人の主観性(私が気付くこと)から始まるアートが、社会にとって有益なものとなるためには、主観性をいかにして、繋げてゆくのか…がとても大きな課題です。

次に美術館に関する話題がありました。
文科省の社会調査によると、平成17年度の時点での美術館数は1087。現在の日本の美術館利用状況…入場者数は大幅の減少傾向にあるものの、平成14年の調査と比べ49館の増加です。
近年注目すべきは、f0176681_22382669.jpg2004年・金沢市にオープンした金沢21世紀美術館。多くの美術館が入場者数の減少で厳しい運営が続く中、累計で250万人が訪れている美術館です。
しかも、開館してたった4年足らずの美術館が、金沢の歴史を押しのける程の、金沢の最も行ってみたいところになってしまったことに驚きはかくせません。
そして、今年4月に開館した青森県にある十和田市現代美術館は「新しい体験を提供する開かれた施設」、Arts Towada計画の中核となる施設として開館。f0176681_14551459.jpg開館後2週間で、累計入館者数(常設・企画の計)が3万人を突破しました。
日本国内の美術館は今後、金沢21世紀美術館や十和田市現代美術館に学びながら、美術館が何をすべきか?アートとは何か?を考えなければならなくなるのは間違いありません。

越後妻有アートトリエンナーレというアート展、そして、金沢21世紀美術館は美術館。この二つに共通すること…それは、巨額の予算が投じられているという現実です。もちろん、展覧会のあり方と美術館あり方、という違いはあります。とは言え、多くの人々の想像を遥かに超える予算が投入されることによってこれらが実現していることは確かなことなのです。
 私は、アートや文化芸術に対して巨額を投じることは間違っているとは思っていません。
もちろん、巨額を投じただけの意味がそこに見出される必要性があるとは思いますが、そもそも、多少の批判反論はあろうとも、お金はこういうことにこそ使うべきだと思っています。

埼玉県飯能市にある「あけぼの子供の森公園」は、私の家族が大好きな公園です。先日も雨の中、はるばる出かけてきましたが、いつ行っても本当にワクワクする公園です。是非一度お出かけください。
f0176681_14582315.jpgここには、ムーミン屋敷と呼ばれる建物があるのですが、公園がつくられるにあたっては、その建築費のあまりの高さに、反対する人々がとても多かったと聞きました。私からしてみれば、このような公園があるだけで、公園が嫌いにならないでいられると思っているのですが…。
建築とコストの問題は非常に難しい問題だとは思います。しかし、そもそも建築にとっての高い、安いの基準は、建築予算との関係性でしかない…コストと効果は全く別の問題です。
そこには「気付き」があるのかどうか?それがあることでどんな「気付き」が得られたのか?判断は、そこしかないと思っています。となると、結局は主観性の問題。しかし主観性は判断基準にならないというのが今の社会の一般常識ですから、この常識が変わらない限り、コスト優先、経済優先の社会状況は変わらないし、ムーミン屋敷のような建築物はなかなか増えてはゆかないと思います。

くにたち市は、金沢市や十和田市とは比べようもないほどの小さなまちである上に、使いたくとも使うお金そのものが無いと言うことですから、同じ方法は選択できないでしょう。f0176681_22554999.jpg
ただ、それら成功?している美術館から学ぶことがあるとすれば、「私たちにとって美術館とはそもそもなんなのだろうか…?」という点です。
高知県黒潮町にある「砂浜美術館」は、建物が無い美術館です。そこにあるのは、美しい砂浜だけ。4kmある砂浜が美術館だとしたら…。ものの見方を変えると、いろんな発想がわいてくる。このようなコンセプトの下、砂浜美術館では年間を通じて様々な活動が行なわれています。

くにたちアートプロジェクトにとって「くにたち」という場所がどんな場所であるのかを切り離して考えることはできません。
私たちは、くにたちアートプロジェクト構想として文化庁に提出した申請のうちの一つ
【地域文化リーダー(指導者)の育成】 事業の事業内容には以下のように記載し申請書としました。
■事業内容
・地域で受け継がれてきた自然や芸術文化、生活様式などを、住民参加によって、持続可能な方法で学習・保存・展示・活用していくという考え方や実践であるエコミュージアム型の文化芸術活動を「くにたちアートプロジェクト」と題して展開することを目標とする。
・「くにたちアートプロジェクト」の目的は、地域に暮らす芸術家と一般市民が共同して、街の中の様々な場所で小さな展覧会を企画し、それらを有機的に連動させることを通じて、街が潜在的に持つ芸術リソースの再発見や、この街だからこその芸術を新たに創出することである。
・活動分野は美術のみならず、音楽や演劇など芸術活動全般である。地域の特性を生かすことのできる地域文化リーダーを育成することで、個性豊かなまちづくりに寄与したい。
・そのために、月1回、地域の文化芸術を調査するワークショップや、親子で参加可能なワークショップを開催することを通じて、「くにたちアートプロジェクト」を推進する地域文化リーダーを育成すると同時に、芸術家と市民が一体となって、芸術文化活動の意義と可能性を共に考察できる場を提供する。”
■期待する効果・成果
私たちの理念である「エコミュージアム」は、展示資料の現地保存、住民参加の運営などにより、地域を見直し、その発展を目指すことに特徴がある。つまり、エコミュージアムは美術館という明確な形態(いわゆる「ハコモノ」)を必要としない、地域定着型のネットワーク的文化芸術活動である。よって、本プログラムによって育成された人材によって、地域が創作現場や美術館として発展することが期待される効果である。

…と、申請書ですから、少々堅苦しいのは仕方ないとはしても、言葉にするのは簡単。
これを如何にして実行してゆくのかが難題。とは言え、KAPは既にスタートしてしまいました。
トーク・インという場が、文化芸術をきっかけとした自由な情報発信・交流の場としてある以上、様々な問題意識がこの場に持ちこまれることがあって当然です。日々の暮らしの中から問題意識が芽生えることは大切なことですし、そうした問題意識がこの場づくりのきっかけとなることもあるでしょう。しかし、そうした問題から生じる意見交換や論議は目的に至る過程において重要ではあるものの、それ自体はKAPの目的ではないということを私たちは忘れてはならないと思います。

私は、社会(まちづくり)とは、「今、ここ」に生きているということを正しく理解することからしか始まらないと思っています。あらゆる方法で「今、ここ」を知る努力をし続けなければならないと。
そうしなければ、私たちは、「今、ここ」で…、これからすべきことを見つけることができないはずです。
「今、ここ」を知ることによって、理解しがたい溝や違いを感じることもあるかもしれません。その問題が生まれた背景を知ることによって、溝や違いがさらに明確になったとしても、それでも私たちはその社会と繋がることをあきらめてはならないのです。理由は簡単です…。それをどんなに拒絶しようにも、私たちはたった一つしかない「今、ここ」で共に生きているのですから…。
だから、私たちはどうしても繋がる手だてを見つけなければならないのだと思います。私たちはアートが繋がるための手だてとして使えると信じているからこそ、アートを使いこなす力を持たなければならないのではないでしょうか。(現代美術・彫刻家 小池マサヒサ)
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by kapweb | 2008-07-01 14:36 | トーク・イン

トーク・イン “くにたちアートプロジェクト” 


トーク・イン “くにたちアートプロジェクト” 第1回
日  6月27日(金曜日)
場所 一橋大学 マーキュリータワー3406室
    http://www.hit-u.ac.jp/guide/campus/campus/index.html
    (東キャンパス No33)
時間 18:00-20:00
内容 市民へ向けて”KAP(国立アートプロジェクト”についての発信・交流
出席 KAPメンバー、KAPに興味のあるかた、参加希望者
料金 無料
問い合わせ (090-8505-1280小池)
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by kapweb | 2008-06-03 15:24 | トーク・イン